こんにちは。
言語聴覚士のかづおと申します。
患者対応はセラピストの重要な役割の一つです。しかし、日々の業務に追われる中で、接し方が雑になってしまうことってありませんか?
ここでは誰もが悩むであろう「患者対応」のいろはを、個人の拙い経験から綴ったページです。
テーマは『自分と患者』です。
いつの日か自分自身も、患者やその家族になるという意味です。
読むと少し心変わりするかも。
【患者対応】患者への接し方が雑になっていると感じるセラピストへ
40代になり、はじめて患者が身近に思えた
40歳を超えると身内が病気になります。そこで私はある「発見」をしました。
それは『病気』です。
「なに言ってんの?」と、思いますよね。
働いている私たちは病気に対して冷静です。だからこそ淡々と業務をこなせます。言い方は悪いですが、患者は赤の他人だからです。
赤の他人だからこそ、言えてしまうこともあります。
その昔、私はある患者家族に『無理です、食べれません』と、強く言い放ってしまったことがあります。
いまならば「別のニュアンスで伝えられたんじゃないかな…」と内省しています。食べれないのは事実でも、私たちと患者とでは距離感が違う。
つまり、”病気の発見”とは『患者の立場を知った』という意味です。
言葉遣いは、行動につながる
患者の立場が分かると心境は変化します。
私が思ったことは『言葉遣いは、正すべき』だという認識でした。
まだ若かったころ、私はある患者さんに「虫の息じゃないですか~」と言ってしまったことがあります。
そしたら先輩から呼び出しを食らい、説教。指摘されている最中、心の中では「ハイハイ、わかってますよー」と思っていました ←
私としてはその患者さんと仲が良かったので、それぐらいはいいじゃん!という甘さがあったのです。
とても浅い認識でした。
でも、私がその患者の家族で、近くで聞いていたらイヤな気分になります。
仲が良いといっても、当時の私には『分を弁える』という精神が足らなかったのです。
そう、敬意です。
SNSでときに話題になる「患者さんへのタメ口問題」がありますが、いまではその真意が分かる気がします。
「医療はサービス業だ」と言う人がいるけれど
すこしは話は変わります。
私は一年目のとき、先輩から「医療はサービス業だよ」と言われました。でも、今の私ならこう言います。
それは、違うと思います。
いきなり否定ですが、ちゃんとした理由があります。
医療職はサービス業ではなく、ビジネスライクでもない
サービス業ではサービス分の「料金」が発生します。
ですが、医療にはサービスを含めた対価は発生しません。それにサービスを持ち込んだら本業の負担になります。
サービス業は『心労』を対価としますが、医療にあるのは『ケアとキュア』です。サービス業にありがちな心労を対価とはしません。
だから患者さんにも、その家族にすらも、厳しい意見を申すことがあるわけで。
仕事には適切な距離感がある
こちらの本では日本の過剰なサービス精神が『生産性を下げている』なんて意見が語られています。
医療職の場合、生産性については「効率性(時間や組織マネージメントなど)」に置き換えられるでしょうか。
患者との関係性が密になる医療職だからこそ、一定の距離感が、有益なリハビリ(接し方)を生み出すのではと思うのです。
サービス業経験のある私からの一言です。
でも、稼ぎは必要
とはいえ、お金は必要です。
医療はボランティアではないですし、その責任に対価が支払われます。
リハビリ職なら”単位”ですよね。
だからといって、過剰な労働(月平均21単位とか)は強いられるは間違っています。組織のどこかに効率性に欠け、古臭い体質が残っているのかも知れません。
すこし古い本ですが、八王子にある「北原国際病院」の院長先生の本です。お金は大切。
お金は大切。
でも、もっと大切なのは自分と社会との距離感。
そういったバランスあってこそ、笑みのあるリハビリが為されるのではと思うのです( ̄ー ̄)ニヤリ
ではー。